同じ事を、作文用の紙でやろうとしたことがありました。そのときは、2019年の梅雨の時はどうしても、そのとき沸き起こった感情をどうにかして外に排出しようとしていたものですから一回こっきりで作文用紙の半分にも届かずに辞めて、いや、終わってしまいました。その次は同じ角という行為でも作文ではなく習字でしたが、習字の先生にもらった高価な筆を読み物に熱中してしまったのと、墨汁か半紙のどちらかを日本に忘れてしまったせいで一度もできずに帰国し、その次は2024年の春の終わり際、今僕がやっていることにほぼ近い、パソコンで打ち込む、しかし良くないエネルギーの集う場所に書き込もうと、書き込んでしまったのと、その当時非常なストレスを心に背負って抱えて、防衛戦をしていたのでこれまたそっちに気をとられてできずに終わってしまいました。
今になり、七年続いたタイタンの妖女のような実話を、少なくとも一段落して、まだまだ忙しいばかりですが生というめで見れば一段落した今こそ、父に昔の写真の複製を貰って終わった人生の一章を振り返って思いを馳せつつ本屋やでいろんな本を、他の同世代とは明らかに趣味嗜好がそろいませんがそういった本や漫画、辞書などを読んでそういった本という名の式に今までの記憶を代入して答えを出し続けたり、学校から帰った後に昼寝をたくさんして少しずつ今まであったことの疲れや思い出、感じた事を消化し続けてたり、昔の友人とやりたかったことを着々とやり終えたり、日々の出来事や感じた事を日記に吐き出したりといった事をし続けている今ならば、まばらなペースながらもこの作文という名の整理を、いつ終わるか分からなくても、七年分とそのもう少し先までのまだ見ぬストーリーを書き綴れる気がします。
七和舟